RFVかRFQかADFか?粗飼料分析の将来
2001年に乳牛の栄養要求量改定版(NRC)が米国科学アカデミーから出版されてから、日本を含め多くの国々の飼料産業界は何らかの良い影響を受けた。それは2001年以前の栄養要求量を基にした乳牛の飼料計算よりも大筋において精度を上げることが出来たからである。
乳牛の飼料計算の難しい点はビタミンやミネラル類の細かいところよりも、飼料乾物摂取量、炭水化物の内容、蛋白質とアミノ酸の内容、エネルギーの配分な ど全体のバランスの取り方である。特に乳牛(反芻獣)は、摂取する飼料乾物の約半分から三分の二が繊維を含む粗飼料かそれに準じる副産物や残渣物で構成さ れるところがバランスの取り方の難しさとされる。それらができた後にビタミン、微量ミネラル類などのバランスを考えるのが通常の考え方である。地域で入手 するか生産する粗飼料などの大まかなところが判っているケースでは、ミネラルやビタミンをサプリメント・プレミックスとして配合したものを最初から考慮す るという方法はあるが一長一短がある。これについては、本トピックスから外れるし他の拙稿でも解説しているので省くことにする。
飼料技術者や設計者の多くは馴染んでいる用語として粗繊維(CF)があるが、アルファルファなど粗飼料を乾草で購入するときの目安としてRFVも使われ るようになり、米国国内や輸出用粗飼料会社ではRFV値を指数にして使っている。RFVについては何人かの専門家、また、筆者も約15年前にセミナーなど で紹介した。然し、日本は日本独自の分析法を開発していたのでRFVは粗飼料の輸入業者や一部の栄養コンサルタント以外はあまり知らないのかもしれない。 RFVは相対的飼料価値のことで、Relative Feed Valueの頭文字を取ったものである。
次 にRFQはウィスコンシン大学や国立粗飼料研究センターのメルテン教授(D.R. Mertens)を含む作物学者や栄養学者が20年以上前からRFVが持つ弱点を何とか改善できないかと取り組んできた分析方法である。然し、米国や他国 の飼料分析ラボで一般的に受け入れられておらず、標準化するのが難しかったものである。RFQは相対的飼料品質のことで、Relative Feed Qualityの頭文字を取ったものである。
次に炭水化物中の繊維エネルギーの計算などの基になる粗 繊維(CF)を細分化する過程で米国で最初に出た分析方法がADFである。ADFは酸性デタージェント繊維のことで、Acid Detergent Fiberの頭文字を取ったものである。ヴァン・ソーエスト(Van Soest)を筆頭に多くの学者が関与した分野であるが、世界各国の飼料業界に大きな影響を与え、日本の飼料業界や現場、或いは、研究者による学術論文で もよく使われている。また、NDF(中性デタージェント繊維=Neutral Detergent Fiber)も併用されることがあるが、実際の飼料設計に使うことの難しさと現場での飼料摂取量と栄養のズレから起きる難しさが業界では指摘されている。
これらの詳細は今までにも多くの解説や関連発表が日本でも出ているし、大学の畜産学科で家畜飼料栄養学の上級講座を取った学生は必ず勉強しているのでここでは省く。簡単な解説は筆者も何度となく過去の拙稿や講演に入れた記憶がある。
ここでトピックスとして取り上げたい理由は、これらの分析方法の中で将来はRFQがRFVに取って変わるほうがよいのではないかという提案やディスカッ ションが米国の粗飼料関係者の間で起きてきているからである。RFQの必要性を指摘し続けてきたのはウィスコンシン大学であるが、それ以外にもコーネル大 学、ペンシルバニア州立大学やウィリアム・マイナー農業研究所である。近刊のホーズデーリィマン誌(2008年5月10日号)にウィリアム・マイナー農業 研究所のトーマス氏(E. Thomas)が判りやすい解説を載せているので、その一部を下記の7点に分けて紹介し筆者なりの考えを最後に加えることにする。
(1)RFVは二つの分析値を基にしている。つまりADFとNDFである。可消化性の乾物はADFから推定し、乾物摂取量はNDFから推定算出している。推定という用語を使うことは粗飼料品質の測定をより正確に行う可能性がまだ残されていることを示唆している。
(2)RFVの弱点というか限界の一つはADFの消化率が一定であるということを前提にしている点である。ADFの消化率が一定でないことはインビトロ 法で消化率を調べた数多くの例でも明らかである。また、反芻獣にとってイネ科牧草のNDFはアルファルファや他の粗飼料よりもよく消化されている。この単 純な事実は米国北東部や中西部で多く使われるアルファルファ・グラス混合乾草を粗飼料として使うときに不利である。言い換えれば、RFVが示す分析値より も実際の給与価値は高いのである。
(3)多くの粗飼料関係者は、素晴らしいアルファルファは 「20-30-40」であると考えている。それはRFVが152になるが、粗蛋白質が20%、ADFが30%、NDFが40%のアルファルファを指す。 「20-30-40」と言われる所以であるが、業界では「プライム」という最高の格付けになる。このレベルのアルファルファを適切にバランスを取り栄養補 足をすれば、乳牛1頭当り産乳日量が最低100ポンド(約45kg)になる可能性を持つとされている。
(4)高品質のイネ科牧草を分析すると「18-30-52」になる場合があり、そのRFVは117となるが、粗蛋白質が18%、ADFが30%、NDF が52%のグラス乾草を指す。業界ではNo.2、或いは、グッドという格付けになる。このようなイネ科牧草を適切にバランスを取って栄養補足すれば、やは り乳牛1頭当り産乳日量が最低100ポンド(約45kg)になる可能性を持つ。このようなグラス乾草をウィリアム・マイナー研究農場の牛群には数多く与え たが結果はグッドよりもプライムに近いものであったことをトーマス氏は指摘している。
(5)前述の点 から、RFVには限界が二点ある。(イ)ADFの消化率が牛種内で相当に異なる点を考慮していないこと、及び、(ロ)NDFの消化率がマメ科牧草とイネ科 牧草の間で非常に大きく異なる点があり、それらを考慮しているというにはほど遠いということである。
(6)RFQはウィスコンシン大学で研究開発したものであるが、従来からのいくつかの粗飼料消化率の測定に加え、NDFの消化率を48時間のインビトロ法 で測定している。これは一般的に使われている標準粗飼料分析法とは異なるので、データを収集するためには時間もコストもかかる。開発した研究者たちは、飼 料業界や農家が新しいシステムを最初から勉強し直さなくてもよいようにRFVの代わりにRFQを簡単に挿入して使えるようにすることを考えた。
(7)トーマス氏は興味深い指摘をしている。それは、彼がウィリアム・マイナー研究農場の粗飼料分析に表示されているRFVにあまり関心を払ってこな かったという点である。彼は、少なくともADF%に注意を払っていれば、粗飼料が正しい成熟度のステージで刈り取られたかどうかの信用置ける答えが得られ るとしている。ADFが30%に近ければ、それがマメ科主体であろうがイネ科主体であろうが牧草の刈り取り時期はほぼ適期であったと判断できる。然し、 ADFが35%であれば、答えはノーであるとしている。この刈り取り時期についてのADF%はよいが、その粗飼料が持つ産乳の可能性についての疑問は RFQのほうがより正確に答えを出せるとしている。
上記の7点はウィリアム・マイナー農業研究所 (ニューヨーク州チェイジー)のトーマス氏が米国ホーズデーリィマン誌の近刊(5月10日号)に寄せた記事の一部を紹介したものである。英文の有料サイト でも読めるが、この記事に興味のある方は日本でも翻訳発刊されている日本版ホーズデーリィマン誌を参照されるとよい。それ以外については、数多くの論文や 記事が過去数十年に渡り発表されている。
余談であるが、筆者はトーマス氏の指摘にあるように将来の粗 飼料分析はRFVからRFQの方向へと向かうと思う。然し、それには乗り越えなくてはならないチャレンジがいくつかある。例えば、米国にある数多くの飼料 分析ラボの一般分析手法と分析技術を標準化する必要がある。そうすることによりラボごとの分析結果のバラつきを減らす方向に向かえる。また、一般的にはま だあまり受け入れられていない48時間かかるNDFのインビトロ法による消化率試験がある。これを一般の飼料ラボでも標準装備するのにはコストと時間がか かる。地味なことであるが、信頼性の高いデータベースをつくりあげる作業にはそれぞれのラボのスタッフの地道な訓練が必要である。米国の飼料分析ラボの分 析化学者の全てをレフェリー・ケミストにする必要はないが、やはり信用できる分析であるという何らかの認定が必要になる。このようなことは、米国の場合の みではなく日本にも当てはまることであろう。
マメ科とイネ科牧草は、輸入牧草であれ国内産牧草であれ違い は存在する。また、日本でも今後益々使うようになる副産物や残渣物があるので、この点の分析や計算精度を上げることは容易なことではない。これは米国でも 研究や分析を驚くほど進めているがまだまだこれからの課題も残っている。日本での難しさの一部は蓄積データの共有化であろう。いずれにせよ、実践の場での 乳牛の栄養計算と飼料設計は、今後、環境の点も含めて更に正確にする必要があるので分析方法もその必要性に応じて変わらざるをえないことは明白である。難 しさや課題があるということはチャレンジとオポチュニティが内包されている証であり、喜ぶべきことである(瀬良、2008)。 |